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2009年3月、東京大学本郷キャンバスの朝の様子を山田みち子が描いてみました。
出不精の私は出かける理由として「東大で学ぼう!そうすれば朝早く散歩ができる。」
とても単純な理由で赤門総合研究課で朝から夕方まで学び、かつ描いてまいりました。
皆さんも門戸を広く開放している東京大学にぜひお出かけくださいね。とても素敵です。
日本の歴史ある建物をなんと無料で見学できるのです。感謝しながら描いてきました。

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No 001

パソコン絵画


赤門
入口
クリックすると大きな額入りの作品へGO 昔から東大の赤門は聞いたことがありましたが、なぜ「赤門」なのか?
赤門って旧加賀屋敷御守殿門のことだったなんてご存知でした?
 私が急に東京大学に行きたくなった理由は、今年一月に金沢市で
「赤門」の話を耳にしたからです。 加賀藩主前田氏が、現在の赤門から池にかけての一帯の地を将軍家から賜ったのは江戸時代初期のことで、築造、再建され、今に受け継がれているのだそうです。
No 002

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赤門
中から
クリックすると大きな額入りの作品へGO 赤門を中に入って描きました。右側に守衛さんのいる警備小屋があり、左側は赤門総合研究棟の建物で、そこで私は学んでいました。
 赤門は、1827年、11代将軍徳川家斉の娘の溶姫が加賀藩主前田斉泰に輿入れした際、その住居の表門として建てられたそうです。
No 003

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こぶし
の花
クリックすると大きな額入りの作品へGO  こぶしが美しく咲いていました。


 かつてこの近辺に「富士山」と呼ばれた径20メートルほどの
小高い山があったそうです。当時も富士信仰は大きかったのですね。
今ではそんな小山は消えてしまいましたが。
 
 白いこぶしと美しい建物がマッチしてました。
No 004

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研究室 クリックすると大きな額入りの作品へGO いろんな建物があり、どれがどれなのか?
しかし、どれも風格があって、歴史が感じられました。
東大の創立は1684年。でも正式に東京大学になったのは1877年。
帝国大学といわれ、日本の最高峰でした。今も?
No 005

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犬の
散歩
クリックすると大きな額入りの作品へGO  朝8時前。犬を連れた散歩姿の人々が公園代わりにしていました。
とても若々しいワンちゃん。わが愛犬チーちゃんによく似ているので
つい声をかけてしまったら、ちゃんとポーズを作ってくれました。
今年一歳の若者だそうです。
No 006

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クリックすると大きな額入りの作品へGO  アーケードのような建物で、なじみになったガードマンの方と笑顔の
挨拶を交わし、どんどん歩いていきました。
  その先に、「濱尾新像」元総長の銅像がりりしく立っていて、安田講堂にしっかりと睨みをきかせておりました。
No 007

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ケヤキ
並木
クリックすると大きな額入りの作品へGO  ケヤキ並木は有名ですが、緑のモニュメントが何なのか?
道行く人に聞いても誰も答えてくれませんでした。
 それにしてもここが東京の中心地とは思えない静けさでした。
No 008

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桜開花 クリックすると大きな額入りの作品へGO  東京大学の建物がこんなに素敵な風格を讃えているとは今まで全く知りませんでした。
 加賀藩主前田利常、そして彼の死後、綱紀がさらに補修をして、当時江戸諸侯邸の庭園中第一と称せられたそうです。
 育徳園と命名された園内には八景、八境の勝があって、その泉水・築山・小亭等は数奇をきわめたものだと記録されています。
No 009

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風格の
ある猫
クリックすると大きな額入りの作品へGO  あちこちに猫がのんびりと座っていました。
 人を見て逃げる猫もいましたが、ほとんど、この猫のように
人間様より肝っ玉がおおきいような風格がありました。
 「さすが東大育ち!」と声をかけてしまいました。
No 010

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安田
講堂
クリックすると大きな額入りの作品へGO  東大の大講堂は普通「安田講堂」と呼ばれています。 大正10年頃に安田財閥の創始者安田善次郎が110万円の寄付をし、それで建設されたそうですが、匿名希望のため、始めは秘密にされたそうです。が、
安田氏が暗殺されたため、彼を偲ぶ多くの人が「安田講堂」と呼ぶようになったそうです。
No 011

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東大の
シンボル
大講堂
クリックすると大きな額入りの作品へGO  実は背景に大きなビルがあるのですが、どうも合わないので省きました。(ビル建設反対という文字を途中でみかけました。)
 私にとって、安田講堂の事件は今でも忘れられません。
 「生きるとは? 学ぶとは?いっしょに悩んでいました。」
でも本当は何が原因での闘争か、わかっていませんでした。
 1968年の紛争。その後修築され、1991年からは無事卒業式が
開催できるまでになりました。(今年も華やかに開催されました)
No 012

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並木道 クリックすると大きな額入りの作品へGO  歩いていくと並木道がずっと続いています。
そんな中、自転車に乗った若者が走り去っていきます。
 機動隊と東大の学生が争っていたのはいつの時代。
 私の中では一瞬、時間が止まってしまいました。

No 013

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三四郎池

(育徳園心字池)
クリックすると大きな額入りの作品へGO 夏目漱石の名作「三四郎」の舞台
加賀藩前田利常の時に、徳川3代将軍家光訪問の内命を受け、殿舎、庭園の造園にかかり完成までに3年を要した庭園がのちに大築造がなされ育徳園と呼ばれ、池を「心字池」といったそうです。
 夏目漱石の名作「三四郎」は、ここを舞台に描いていました。
 この小説は田舎から出てきた三四郎が、都会の様々な人との交流を経て成長するものがたり。小川三四郎という平凡な田舎者の目で、当時の日本を批評。小説の中で三四郎と美禰子が出会った東京大学の心字池が「三四郎池」といわれるようになったそうです。
No 014

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我輩は
クリックすると大きな額入りの作品へGO  三四郎池の周辺を自分のエリアとばかり、優雅に歩く猫。
「我輩は猫である」 夏目漱石の小説をまた思い出しました。 
 夏目漱石はここで英文学を学び、しかもがっかりしたそうです。
東大の誇る文人、学者・・・そして天才でもある彼。彼の小説は
学生時代にすべて読み漁りました。

No 015

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工学部
建物
クリックすると大きな額入りの作品へGO  ヨーロッパ的な趣のある建物につい絵心を揺すぶられました。
 シックな色合いの壁が明るい緑によく似合っていました。
工学部の建物だそうですが、詳細はわかりません。
東京にはまだまだいい建物や描くポイントがあると思います。教室で学びながらの朝の散策。
皆様も もし興味があれば、お出かけくださいね。駅から近く、林の中の公園のような感じです。
東京大学本郷キャンバスは、学びの場所ばかりでなく、描いてみるとまた楽しい素材でした。

山田みち子 絵と文 2009年4月1日 

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